6月の歳時記
この「歳時記」ではしばらくの間、古くから行われ現代の日本にも受け継がれている、伝統的な行事について紹介して行きたいと思います。
この時期に行われる行事
6月には、儀式や行事を行う特別な日はありませんし、祭日もありません。そこで今月は、昔からの日本の風習として今でも残っている、「衣替え」について書きたいと思います。
衣替えとは?
6月と10月には、衣替え(ころもがえ)という言葉を耳にする事があります。この時期になると、テレビのニュース番組などでも、「明日から衣替えですね」などと取り上げられたりしますよね。
衣替え(ころもがえ)とは、季節の移り変わりに応じて着る衣服を変えたり、そのために衣服の収納場所を入れ替えたりする習慣の事です。学生服や企業の制服なども夏服、冬服の2種類がある場合が多く、一般的には6月と10月の衣替えの日を境に、6月1日から9月30日までを夏服で、10月1日から翌年の5月31日までを冬服で過ごします。この学校や企業での衣替えには、移行期間が設けられている場合が多いようです。
日本の5月から6月にかけてのこの時期は、気温の上昇と共に湿気も高くなり、春から夏へと季節が移り変わる時期です。寒い冬の間着ていた長袖や厚手の衣類は着なくなり、代わりに半袖や薄手の衣類を頻繁に着るようになります。これは、季節の変化がはっきりとしている日本で、それぞれの季節をより快適に過ごすための知恵ではないかと思います。
冬の間収納ケースにしまってあった半袖や薄手の衣類は取り出し、すぐ着れるようにクローゼットやたんすなどに移し、暖かくなって着なくなった冬の防寒具やセーター、長袖の衣類などは、きれいに洗って良く乾かしてから、防虫剤と一緒に収納ケースなどに入れて、しまいます。
衣替えの由来
衣替え(ころもがえ)は平安時代に始まった習慣だと言われています。その当時の宮中では、夏装束(なつしょうぞく)と冬装束(ふゆしょうぞく)が定められていて、中国の風習に倣って(ならって)1年に2回、4月1日と10月1日(旧暦)に着替えをする事が決められていました。この着替えの習慣を、当時は「更衣(こうい)」と呼んだそうです。
平安時代の中頃には、更衣は宮中の年中行事の1つとして定着していた、と考えられています。この頃の更衣の習慣は、衣服の着替えだけでなく小物類にまで及んでいたらしく、当時の貴婦人であった女房(にょうぼう)が手に持つ扇についても、冬は桧扇(ひおうぎ)と呼ばれるヒノキでできた扇、夏は蝙蝠(かわほり)と呼ばれる紙と竹でできた扇を持つ事が、定められていたようです。鎌倉時代になるとこの風潮が更に加速し、遂には衣服だけでなく家具や調度品まで取り替えるようになって行った、と言われています。
江戸時代には武家の制服として、4月1日から5月4日までと、9月1日から9月8日までは袷(あわせ)と呼ばれる裏地の付いた着物を、5月5日から8月末までは、麻で仕立てた帷子(かたびら)と呼ばれる裏地の付いていない薄手の着物を、9月9日から3月末日までは綿入れ(わたいれ)と呼ばれる、表布と裏布の間に綿を入れた着物を着用するといった、年に4回もの「更衣」が細かく定められていました。
武家の服装が細かく定められていた事によって、この時代の一般庶民もこれに従うようになりましたが、「更衣(こうい)」という呼び方が、天皇の着替えの役目を持つ女官の職名と同じだった事から、民間ではこうした着替えの習慣を「更衣(こうい)」と言わず、「衣替え(ころもがえ)」と呼ぶようになったそうです。
明治に入ると、官公庁や銀行などで働く人達(今で言うと国家公務員に当たる人達)の制服に夏服と冬服が定められました。そして、太陽暦が採用されるようになった後も、旧暦の日付けをそのまま移行して、6月1日と10月1日に衣替えをするようになり、やがてこれが学生服に及び、更に一般の人達にも定着して行った、と考えられています。
現在では、衣替えの風習は以前ほど厳密なものではなくなっていますが、制服を着用する学校や銀行などの企業では、今もこの日に衣替えが行われているところが多いようです。
また、和服を着る人達の間では衣替えが重要なしきたりとして残っていて、6月から9月までは単衣(ひとえ)と呼ばれる、表布や裏布といった、布地を重ね合わせて作ったものでは無い一枚仕立ての着物を、10月から5月までは袷(あわせ)と呼ばれる裏地の付いた着物を着る、という決まり事があるそうです。
衣替えのススメ
「衣替えの日」と言うと、6月1日と10月1日という事になりますが、この日に必ず衣替えをしなければいけないとか、衣類の入れ替えも必ずこの日に済ませなければいけない、というわけではありません。夏服を出すのはいつでもかまわないそうなので、長袖ではちょっと暑くなって来たなあと思ったら、日付けにこだわる必要はないかと思います。
ただし、冬服をしまうのは2、3日晴天が続いた時にした方が良いと言われています。これは秋の衣替えも同じで、晴天が続くと室内の湿度も下がるからだそうです。
衣類の汚れの大半は皮脂や汗などによるもので、こうした汚れが衣服に残っていた場合、それに水分と熱が加わる事によって、黄バミなどの変色を起こす原因になります。特に皮脂などの油汚れは、温度も湿度も高いような場所に放っておくと酸化して黄バミになり、一度黄ばんでしまうと、ドライクリーニングなどに出しても落ちなくなってしまいます。
また、高温多湿な環境では虫食いも多いと言われています。大切な衣類を虫やカビ、変色から守るには、きちんと汚れを落として良く乾かしてから、風通しの良い所にしまう事が重要なようです。
ドライクリーニングに出した場合は、包装されているビニールを外して、十分に風を通して湿気を取り除いてからしまった方が良いとされています。(密閉性の高いビニールの包装が付いたまましまうと、高温多湿な状態になり易いので。)収納ケースなどにしまう時は、なるべく服をたくさん詰め込み過ぎないようにするのが、ポイントなのだそうです。
衣替えという風習は、今ではすっかり形式的なものになってしまったような気がします。中には、面倒だから衣替えなど全くしない、という人もいるのではないでしょうか。ですが、衣替えをする事によって四季の移り変わりをより身近に感じたり、本格的な暑さや寒さを迎える前に、心と体の準備をするという意味でも、衣替えという習慣はとても大切な事のように思います。
もしかすると、こうした昔から受け継がれている習慣の中にこそ、日頃忙しい現代生活を送る私達が忘れてしまっている、日本で気持ちよく暮らすためのヒントが、たくさん隠されているのかもしれませんね。日本で快適に暮らすため、そして手持ちの服を少しでも長く大切に着るために、あなたも今年から「衣替え」始めてみませんか?
最終更新日2006年6月1日