1月の歳時記

この「歳時記」ではしばらくの間、古くから行われ現代の日本にも受け継がれている、伝統的な行事について紹介して行きたいと思います。

この時期に行われる行事

年中行事の中で、日本人にとって最も重要な2大イベントと言えば、お盆と(お)正月なんではないでしょうか。なので、今回はお正月について書こうと思います。

と思ったんだけれども、この記事を書くに当たって色々と調べものをしていたら、書きたいことが山程見つかってしまいました(笑)。時間とスペースと、マンパワー(これは殆ど私1人分の、なんですけどね)の都合上、ここでその全てを取り上げることは、どうもできそうにありません(皆さん、ごめんなさい、んでも牛サンの労力はあまり当てにできそうもないので)。そんなワケで今回は、(お)正月特有の代表的な習慣やならわしを紹介しつつ、私達日本人にとっての(お)正月とは何か、という観点に絞って書いてみたいと思います。

(お)正月とは?

(お)正月とは、その年の最初の月を意味する言葉ですが、日常会話などでは一般的に元日(1月1日)から人日(じんじつ、五節供/ごせっく/の内の1つで1月7日)までのその年の最初の1週間、あるいは場合によっては3ヶ日(1月1日から3日まで)を指して使うことが、多いんではないでしょうか。

(お)正月(「お」は接頭語)という言葉自体は、政治に熱心だった秦の始皇帝の誕生月に由来すると言われています。事物の語源を記したと言われる室町時代(1338〜1573)中頃の書物には、「秦の始皇帝の降誕の月をセイグヮツ(政月)と言っていたものが、正月と書かれるようになり、シャウグヮツと改められた」という記述が残っているのだそうです。

とすると、この言葉はおそらく中国の強い影響下にあった当時の日本に、大陸から持ち込まれた言葉なんではないかと思われます。けれども、「セイグヮツ(政月)」という言葉が伝えられる前から、日本には年の初めに新年を祝う固有のならわしや習慣がありました。

伝統的な習慣

日本の(お)正月には、現在でも残っている伝統的な習慣やしきたりが幾つかあります。例えば、正月飾りを飾ったり、家族でお節料理(おせちりょうり)を食べたり、初詣(はつもうで)に行ったりしますヨね。

地方によって異なるものなんかも沢山ありますので、ここでは全国的に見られるものについてのみ、触れて行きたいと思います。というワケで、まずは正月飾りから見て行きましょう。

代表的な(お)正月飾り

(お)正月には、(お)正月用の飾り付けをしたりしますが、この飾り付けは前の年の暮れまでに済ませておくのが一般的です。たいがい、どこの家の前にも入り口の門の両脇には門松(かどまつ)や松飾り(まつかざり)が飾られ、玄関の扉や扉の上などには注連縄(しめなわ)や注連飾り(しめかざり)が付けられます。

神様へのお供(そな)えに、丸い餅(もち)を重ねた鏡餅(かがみもち)を飾り、これは後で1月11日の鏡開き(かがみびらき)の際に、手や槌(つち)で小さく割り砕(くだ)いてから、調理して食べます。

門松(かどまつ)

門松

門松(かどまつ)は2つで1対になっている(お)正月飾りで、デラックスバージョンは緑の葉の付いた松の枝を中心に、ペン先のように尖(とが)った切り口をした竹で囲まれた尖塔型(せんとうがた)をしたものです。(日本の皆さんにはもうお馴染みですね。)でも、このデラックス版はリッチな方々や商業施設など専用で、私も含めた一般庶民にとっては、松飾り(まつかざり)と呼ばれる小さな輪飾り(わかざり、注連飾り/しめかざりの小っちゃいヤツ)の付いた松の枝1組が、門松(かどまつ)の代わりとなります。

松飾り

この門松(かどまつ)や松飾り(まつかざり)には、門前を浄(きよ)める効果があるんだそうです。(特に竹に囲まれた門松/かどまつは効果抜群なんでしょうなあ。竹の持つ浄(きよ)めの効果について、詳しくはこのサイトの「7月の歳時記/七夕(たなばた)」をご覧下さい)(お)正月に私達の寿命(じゅみょう)をもたらすと言われる、いわゆる歳神(としがみ、としのかみ)様というありがたい神様をお迎(むか)えするに当たり、その場所を浄(きよ)め、神様がやって来る目印になったり、あるいはその依代(よりしろ)になったりすると考えられています。

ただ、民間伝承(みんかんでんしょう)によれば、門松(かどまつ)や松飾り(まつかざり)をセッティングするのは、12月の26日、27日、28日、30日が良く、29日と31日は飾り付けに相応しくない日だと言われています。これは、29日に門松(かどまつ)を立てることを「苦立て(くだて)」と言い、29の9が「苦労」の「苦」を連想させるからではないか、と思われます。

また、31日に門松(かどまつ)を立てることを「一夜飾り(いちやかざり)」と言い、こちらは(お)正月を迎(むか)えるまで間がないために、慌ただしい思いをさせては神様に失礼になるばかりか、せっかく来られた神様がゆっくりできない、といった理由から避けた方が良い日と考えられているようです。とは言え、最近はこうした風習を守る人は、少なくなってしまったんではないでしょうか。

注連縄(しめなわ)

注連縄(しめなわ)とは、神事を行ったりする神聖な場所と、私達人間の住む下界とを区別するために張る、藁(わら)でできた縄のことです。漢字で「注連縄」と書き表しますが、これは中国の「注連(ちゅうれん)」という物件に由来しているからだと言われています。その「注連(ちゅうれん)」とは、神聖な場所に死霊が入り込まないよう、水を注いで浄(きよ)めた縄を連ねて張ったものを指すんだそうです。また、「注連(ちゅうれん)」は一定の間隔で藁(わら)を3、5、7本と垂らしていることから、注連縄(しめなわ)を「七五三縄(しめなわ)」と表記することもあると言われています。

(お)正月には、神社や家々の入り口に注連縄(しめなわ)や注連飾り(しめかざり、注連縄/しめなわで作ったお飾り)が吊るされます。これは、建物の中にある古い年の不浄を祓(はら)い、新年に悪い気が入り込まないようにするためだと言われています。

注連飾り(しめかざり)は、神社の鳥居(とりい)の所に張られた太い注連縄(しめなわ)に比べるとうんと小さな、藁(わら)でできた輪っか状の飾りで、物によっては色々な装飾が施されている物もあります。注連縄(しめなわ)の小っちゃい版ですね。一般的に、注連縄(しめなわ)が神社の入り口の鳥居(とりい)の下に、参道を横切るようにダイナミックに張られているのに対し、注連飾り(しめかざり)は各家庭で、正面玄関の軒下などに飾られます。軒下がない場合などには、扉に掛けるようにして飾ることもあるようです。クリスマスの時に飾るリース(輪飾り)みたいですヨね。注連縄(しめなわ)を張ったり注連飾り(しめかざり)を吊るしたりするのは、「もう準備が整ったので、いつでも神様をお迎えできますよ」というしるしなんだそうです。

「鏡餅(かがみもち)」

鏡餅(かがみもち)とは、神様にお供えする丸く平らに作った餅(もち)のことで、日本では(お)正月や祝い事の際に供えられる物です。と言っても、(お)正月以外の場面で鏡餅(かがみもち)に出くわした記憶が、私にはないんですけどね...。この供え物の餅(もち)は、その丸い形が鏡の形に似ていたことから「鏡餅(かがみもち)」あるいは「お鏡(おかがみ)」と、「鏡(かがみ)」という字を含んだ名前で呼ばれるようになった、と言われています。(現代の鏡は四角い物が多いようですが、その昔、日本の鏡は丸い形をしていました。特別な霊力を持つものだと考えられていたため、祭具として用いられていたんだそうです。そう言えば、鏡を御神体(ごしんたい)としている神社もありますものね。)

では、なぜ(お)正月に鏡餅(かがみもち)を供えるようになったんでしょう?(お)正月に鏡餅(かがみもち)を供える習慣は、日本の古い神話にその発端を見つけることができるそうです。紀元前、垂仁天皇(すいにんてんのう/B.C.69〜A.D.70って、お前はヨーダか!?)の時代、大物主神(おおものぬしのかみ、大国主命/おおくにぬしのみこと、と同一人物説が有力)が、娘である大田田根子(おおたたねこ)に「元日に紅白の餅を祭れば幸福が訪れる」と教えたことに由来すると言われています。垂仁天皇(すいにんてんのう)の生没年代を見る限り、個人的にはあまり信頼できる話とは思えませんが...。

やがて室町時代(1338〜1573)になると、(お)正月に鏡餅(かがみもち)を供える習慣は武士達によって引き継がれることとなります。武家では(お)正月に延命(えんめい、命を延ばすこと)を祈って、鎧(よろい)や兜(かぶと)の前に鏡餅(かがみもち)を供えたことから、「具足餅(ぐそくもち)」とも呼ばれたんだそうです。(具足/ぐそく、とは鎧/よろい、や兜/かぶと、を意味する言葉)

こうして1週間ばかしお供物として飾られ、固くなってしまった具足餅(ぐそくもち)、つまり鏡餅(かがみもち)は、その後祭壇から下ろされて槌(つち)や手で小さく砕(くだ)かれます。日本では、この小さく砕(くだ)いた鏡餅(かがみもち)を、調理して食べる習慣があります。これは、鏡餅(かがみもち)が私達の生命力を強くすると考えられているためだと言われています。このようにして、(お)正月に供えてあった鏡餅(かがみもち)を砕(くだ)いて食べる習慣を「鏡開き(かがみびらき)」と言い、江戸時代(1603〜1868)以降、毎年1月11日に行うことになっています。

鏡開き(かがみびらき)は、「運を開く」という言葉にかけて行われる、(お)正月を祝うイベントの1つです。ただし、餅(もち)は刃物では切らずに手や槌(つち)を使って割るのが習わしです。これは、刃物で「切る」ことが武士が(刀で)「切られる」、すなわち「死」を意味するとして、嫌われたからだと言われています。

また鏡餅(かがみもち)が元々、新米で搗(つ)いた餅(もち)を歳神様(としがみさま、としのかみさま、新年と共に私達に寿命をもたらしてくれると信じられていた大切な神様)に供えたものであったため、供物としての役割を果たした後に鏡餅(かがみもち)を私達が食べるという行為は、それをいただくことで、稲に宿る歳神様の魂の生命力を私達自信の体の中に取り込む、といった意味合いも込められていたようです。なお一般家庭では、鏡開き(かがみびらき)で割り砕いた鏡餅(かがみもち)を、家庭円満を願ってぜんざいやお汁粉にして食べる習わしがあると言われています。

(お)正月に行うこと

ここまでは、全国的に広く見られる(お)正月の飾りについて見て来ました。ここからは、日本では(お)正月にどんなことが行われているのかについて、見て行こうと思います。

前にも書いたので繰り返しになりますが、(お)正月の習慣は地域によって様々で、それぞれに特色や由来を持っています。ただ、それら全てに共通している点もあって、こうした習慣が新年つまり歳神様(としがみさま、としのかみさま)を迎えるためのお祝いの行事として行われている、ということです。そこで、ここでは全国的に見られる、そうしたお祝いの行事を取り上げてみましょう。

お節料理(おせちりょうり)を食べる

お節(おせち)としても知られるお節料理(おせちりょうり)とは、(お)正月のためにわざわざ準備して食べる、特別な料理の事を指します。お節(おせち)の「せち」の部分(「お」は接頭語)は、元々「季節の変わり目」を意味する言葉だったんだそうです。そして、この季節の変わり目となる日を「節日(せちにち)」と呼び、この日にお祝いをしたと言われています。

この節日(せちにち)には、神様に供えるためのお供物(おくもつ)が用意されましたが、これを「節供(せちく)」と言い、こうした節日(せちにち)や節供(せちく)が元になって、その後江戸時代(1603〜1868)に公式な祝日として五節供(ごせっく、1年に5日間ある節供の日、旧暦1月7日の人日/じんじつ、はその1つ)ができたと考えられています。節日(せちにち)に神様にお供えした特別な料理は、儀式をとり行った後で皆で分けて食べるのが習わしで、これがやがてお節料理(おせちりょうり)と呼ばれるようになって行ったんだそうです。けれども、今日ではお節料理(おせちりょうり)あるいはお節(おせち)と言えば、(お)正月に用意される御馳走(ごちそう)のことだけを指す言葉として使われています。

(お)正月にお節料理(おせちりょうり)をこしらえるのは、歳神様(としがみさま、新年の神様)をお迎えし接待する、といった意味合いが込められていると考えられていますが、一方で神様のために用意したお節料理(おせちりょうり)を私達が食べるという行為には、鏡餅(かがみもち)と同様に、神様のもたらす生命力を私達の体の中に取り込む、という意味合いが込められているのだそうです。また、お節料理(おせちりょうり)には、一般に日持ちのするものが多いですが、これは歳神様(としがみさま)をお迎えするに当たり、台所を騒がしくしないためだとか、歳神様(としがみさま)をお迎えするこのお祝いの時期に、日頃忙しい主婦達を少なくとも3が日の間位は、台所から解放して休めるようにするためなんではないか、と言われています。

お節料理(おせちりょうり)は、三つ肴(みつざかな、関東では黒豆/くろまめ、数の子/かずのこ、五万米/ごまめ、の三品、関西では黒豆/くろまめ、数の子/かずのこ、敲き牛蒡/たたきごぼう、の三品)と呼ばれる三品の料理の他に、様々なお祝いの料理で構成されます。(三つ肴/みつざかな、は徳川幕府が民衆に贅沢/ぜいたくをさせないように奨励/しょうれいした祝肴/いわいざかな、から来ていると言われていて、以来お節にはこの三品が欠かせない存在になっているようです。)

お節

こうしたお節料理(おせちりょうり)を構成する品々には、それぞれ意味付けがされていると言われていますので、この機会に幾つか紹介してみたいと思います。また、お節料理(おせちりょうり)は、正式には一の重(じゅう)から与(よん)の重(じゅう)まで、四段重ねのお重(じゅう)に詰められるものなんだそうですが、近年の一般家庭では、このような正式なお節料理(おせちりょうり)をこしらえることは少ないんではないでしょうか。

黒豆(くろまめ)
元々「まめ」という言葉には、「健康なこと」という意味もあったことから、家族の健康を願って甘く煮た黒豆(くろまめ)を食べます。

数の子(かずのこ)
ニシンの卵。二親(にしん)から多くの子が生まれることにちなんで、子孫の繁栄を願って、塩抜きしたものをカツオだしに漬けて食べます。(昔は干したものを使ったそうですが、現在では塩数の子を使うそうです。)

五万米(ごまめ)または田作り(たづくり)
五万米(ごまめ)とは、片口鰯(かたくちいわし)の幼魚を干したもので、「五万」の「米」と書くように、豊作を祈るものです。その昔、豊作を願って人々が田畑に肥料として小魚をまいたことから、田作り(たづくり)という名前でも知られています。天日干しされた五万米(ごまめ)を砂糖と醤油で甘辛く調理し、胡麻(ごま)で香り付けしたものが一般的です。

敲き牛蒡(たたきごぼう)
豊かな実りと一年の無病息災、また一家の土台が揺るがないことを願った料理。「運を開く」という縁起を担(かつ)いで、柔らかく煮た牛蒡(ごぼう)の身を開いたもの。敲き牛蒡(たたきごぼう)という名前は、調理の過程で味がよくしみ込むように、牛蒡(ごぼう)を敲く(たたく)ことから来ていると言われています。

金団(きんとん)
金団(きんとん)というのは、「金の塊(かたまり)」という意味の言葉だそうで、その美しい黄色が輝く金をイメージさせることから、財が貯まるようにとの願いが込められています。お節料理(おせちりょうり)の栗金団(くりきんとん)は、煮てつぶしたいんげん豆やサツマイモなどに、栗をまぜたものです。

蒲鉾(かまぼこ)
その形が日の出に似ていることから、新しい門出を祝う(お)正月のお節料理(おせちりょうり)の一品になっています。紅(実際にはピンク?)白の色は、それぞれ魔除けや祝いの喜びと清浄を表すと言われています。

海老(えび/ちなみに英語では大きさによって名前が変わります。)
丸まったその形から、海老(えび)には「腰が曲がるまで長生きする」といった長寿の願いが込められています。一口に海老(えび)と言っても、伊勢海老(いせえび)から川海老(かわえび)まで大きさも様々ですが、一般的に迫力のある伊勢海老(いせえび)は、ゴージャスな鏡餅(かがみもち)の飾りに、お重詰めのお節料理(おせちりょうり)には、小海老を串で止めたものが使われます。

鯛(たい)
その名前が「めでたい」に通じることと、赤い色が「めでたい」席にぴったりだということで、お祝い料理によくのぼります。

昆布巻(こぶまき)
昆布(こぶ、こんぶ)が「よろこぶ」に通じるとして、昆布巻(こぶまき)だけではなく、色々な形でお節料理(おせちりょうり)に頻繁に登場する食材で、健康と長寿を願ったものです。また、子生婦(こんぶ)とも書くことから、子が生まれるようにとの願いも込められていると言われています。

初詣(はつもうで)に行く

初詣(はつもうで)と呼ばれる、年明け最初の神社へのお参りも、全国的に見られる(お)正月の習慣の1つです。初詣(はつもうで)は、通常新しい年が訪れてから三が日の間に、その年の神様の加護と幸運を願ってする、神社へのお参りのことを言います。一般的には三が日の間にしますが、関東では1月7日、関西では1月15日に、松飾り(まつかざり)を取り外すまでにお参りをすれば良いとされています。

私達日本人は、現代の忙しい生活の中で、いつの間にか神様や私達の祖先の霊や、それらの魂を祀(まつ)る神社への関心を、すっかりなくしてしまいったように思います。それと一緒に、感謝の心までなくしてしまったような気がするのは、私だけでしょうか。今日、この(お)正月の初詣(はつもうで)の時だけ、身動きの取れない程の人で神社が溢れかえるってのも、なんだか皮肉なもんですヨね。

日本人にとっての(お)正月とは何か?

ここまで読んで来られた方は、日本の(お)正月に行われる飾り付けや習慣は、ある1つの目的のためだけに行われている、ということにお気付きなんではないでしょうか。そう、それは全て歳神様(としがみさま、としのかみさま、新年と共に私達に寿命をもたらしてくれると信じられていた大切な神様)をお迎えするためなんです。(お)正月の習慣やしきたりが、何百年も受け継がれて来たことを考えれば、この歳神様(としがみさま)が、我々日本人にとって如何(いか)に大切な神様であったか、を容易に想像することができるんではないでしょうか。

んでも、一体歳神様(としがみさま)って何なのよ? もちろん、歳神様(としがみさま)の解釈については様々な説があり、はっきりとしたことは言えません。ただ、コレは割と説得力があるんではないかというものをここでは取り上げて、またまた長〜くなってしまった今月の「歳時記」の締めくくりとしたいと思います。

歳神(としがみ)の「歳(とし)」の部分は、日本語では一般的に「一年」という意味で解釈されていますよね。でも、実はこの「歳(とし)」には、「穀類(こくるい)の実り」、すなわち日本ではほぼ自動的に「米の実り」を指す、という意味もあったんです。(是非、辞書を引いてみてください。かなりの年代物ですが、私の金田一京助センセ監修の「改訂新装版、明解国語辞典」にも、そう書いてありました。)そのことから考えると、歳神(としがみ)は私達の遠い祖先達にとって、「一年」という「時の神」というよりはむしろ「稲の神(田の神)」、「豊穣(ほうじょう)の神」、であると同時に「稲霊(いねれい)」であったと考えることができるのではないでしょうか。

古代の日本では、この田んぼと稲の実りを司(つかさど)っていた神様は、稲の収穫が終わると山に帰ると信じられていました。そして、神様が田んぼから山に帰っている冬(ふゆ)の間を、古代の日本人は「御霊(みたま)の殖(ふ)ゆ(増やすようにすること)」の時期として、歳神(としがみ)と共に全ての生命が密(ひそ)かに忌み籠る(いみごもる)る期間であると考えました。こうして万物がじっと辛抱(しんぼう)して忌み籠る(いみごもる)間に、新たな生命が「殖(ふ)ゆる(殖える)」と信じていたのです。

冬至(とうじ)が過ぎ、彼等にとって最も恐ろしい時間であった大晦日(おおみそか)の夜を越えると(大晦日/おおみそか、詳しくは「大晦日(おおみそか)」のページ/「12月の歳時記」をご覧下さい)、空には再び太陽が上り、人々は歳神(としがみ)が新しい年と生命のエネルギーと共に、山から里に降りて来ると考えました。そうした意味では歳神(としがみ)は、「新たな生命の源」と解釈することができるかもしれません。

言い換えれば、私達日本人にとっての(お)正月とは、山に帰っていた生命の源である歳神(としがみ)、すなわち「稲の神(田の神)」、「豊穣(ほうじょう)の神」、「稲霊(いねれい)」を迎えて前年の豊作や平穏に感謝すると同時に、今年の豊かな実りと平和を祈るという、1年の内の特別な時期だったと言うことができるのです。

つまり(お)正月とは、歳神(としがみ)となった神様やご先祖様(歳神/としがみ、は祖先の霊を神格化したものだという説があります)が、私達に生命力(生きるパワー)をもたらす時期で、そのお陰で私達の寿命(じゅみょう)は1年延び、もう1年生き延びることができる。私達日本人の祖先は、(お)正月をそんな風に考えていたようです。現在でも(お)正月には「おめでとう」と挨拶(あいさつ)をしますが、これはそうした新しい生命力を得たことへの喜びと感謝の気持ちを、お互いに確かめ合うための呼びかけの言葉なんではないでしょうか。

最終更新日2007年1月29日

参考サイト

正月(正月) - 語源由来辞典

http://gogen-allguide.com/si/syougatsu.html

御節料理(おせちりょうり) - 語源由来辞典

http://gogen-allguide.com/o/osechi.html

初詣(はつもうで) - 語源由来辞典

http://gogen-allguide.com/ha/hatsumoude.html

鏡餅(かがみもち) - 語源由来辞典

http://gogen-allguide.com/ka/kagamimochi.html

注連縄(しめなわ) - 語源由来辞典

http://gogen-allguide.com/si/shimenawa.html

お正月(お正月のしきたりと行事)

http://www.hankyu-dept.co.jp/seikatu/ 1-seikatusaijiki/1-1syogatu/syogatu.html

スサノヲとニギハヤヒの日本学(日本文化考)

http://blog.livedoor.jp/ susanowo/archives/50056674.html http://blog.livedoor.jp/ susanowo/archives/50056676.html http://blog.livedoor.jp/ susanowo/archives/50056677.html

文化 1月

http://www.nijo.co.jp/linkpage/b_jan.htm